わからないままの仕事に対する感情
実はそんなものいらない、
ということなのかもしれない。
そもそも論からの視点は置いておいて、
今の私には感情がある。
そこから考えてみる。
情熱、は感情ではないのかもしれないが、そういう状態で取り組んでいるときは苦痛には感じない。むしろ気持ちよさすらある。自分に酔っている感じがある。
嫌気しか感じないとき。ひたすら苦痛。現実逃避希望。そんな感じになる。
なぜそうなるのかは、いつだか書いた目的という話もあるのかもしれないし、情熱に水を差されたということもあるかもしれない。
今書いて気がついたが、
情熱には水がさせる。
ということは、目的に対する情熱にも水をさせる。
水は何か。水しかないと感じたあ、環境を変えるのか。
水を油に変えるというのはどうか。
水を油にするなんて、現実世界ではありえないんだろうな。
つまり水と油は別のものに由来するとしよう。
>加筆してたら眠くなった。今日は朝から成田だったんだ。
と、話は逸れたが、
わかっていないのは仕事に対する情熱の出どころである。
自分のどこに対して、どのように働きかけたら、情熱に良い影響を与えられるのか。
目の前のことをやりつつ、自分の先のことと結び付けなる作業をしながら取り組むということか。
安直だけど、正攻法な気がするなあ。
ブログを書くなど久しぶりすぎるが、積み重ねってやつだよね。
ということは、思い出した気もする。